最後の仕事

【お題:ねーたもつ、かなしいほど幸福な入院患者と廃棄寸前のロボットとの3日間の話書いてー。】
【時間:ー】

◆◆◆

「リュース、これが君の最後の仕事になるだろう」
そう言って、執行官ラノルドから任されたのは、とある新興宗教を壊滅させる仕事だった。
その新興宗教というのは、どうやら「科学技術で統制された社会から脱して人間本来の野性的な感覚と喜びを取り戻す」ことを信条とする集団だった。
その団体が生まれたばかりの頃は瞑想や祈りをひたすら行うだけの無害な集団だったが、規模が大きくなるごとに、その行動は大胆なものになっていき、最近では、国の研究施設や医療施設を襲い破壊するなど、宗教団体というよりはテロ組織のような活動を行うようになっていた。そんな宗教団体をこの国が放っておくはずもなく、先日の議会で、「この宗教団体は、この国を乱す不穏分子であり、ただちに処分するべきである」という議決がなされたのだった。
「最後の仕事か」
そう呟くと、ラノルドは少し悲しそうな顔を浮かべた。
「リュース、君とは長い付き合いだから、本当に残念だよ」
「俺のようなオールドタイプのアンドロイドにそう言ってくれるのは、アンタだけさ」
そう言うと、ラノルドは困ったように笑った。
ラノルドはこの国の幹部にしては珍しいタイプの男だった。アンドロイドの俺が言うのもなんだが、ラノルドは人間くさい人間だった。先月の議会で、俺の型のアンドロイド用部品の生産停止、及び廃棄が議題に出された時、ラノルドただ一人が廃棄に反対してくれた。
会議を終えたラノルドはバッテリー交換中の俺のもとにやって来ると頭を下げて「何とか粘ってみたんだが、やはり駄目だった……力になれずすまない」と言った。アンドロイドに対しても人間と同じように接する幹部はラノルドだけだった。
「俺より性能がいいニュータイプがたくさんいるんだ、そいつらに任せた方が仕事も早く片付くだろう」
そう言うと、ラノルドは頬を書きながら言った。
「ニュータイプのアンドロイドは確かに性能はいいが、なんというか、聞き分けが良すぎて私には扱いにくいんだ」
「俺が言うのもなんだが、ラノルド、アンタは本当に変わり者だな」
「はは、君にだけは言われたくないな」
互いに笑い合ったあと、ラノルドは突然手を差し出した。
「健闘を祈る」
「ああ、まかせてくれ」
俺はラノルドの手を強く握ったのだった。

その宗教団体の施設は、アンドロイドの俺が言うのもなんだが、ひどいものだった。数千年前に流行った植物から採取からされる薬物を投与し、信者を薬漬けにしたり、時にはいわれも無い理由で拷問にかけたりしていた。これが「人間本来の野性的な感覚と喜びを取り戻す」ということなのだろうか?
こいつらは狂っている。そう思った。
俺は出会う信者を片っ端から殺していった。国からはこの宗教団体を壊滅させろと指示されている。幹部だろうが、底辺信者だろうが関係無い。一人残らず処分して行った。
施設の奥へと進んでいくと、厳重なセキュリティがなされた部屋があった。
俺はそこで、彼女に出会った。
彼女は複数の男に陵辱されていた。身体中には数え切れないほどの痣や傷があり、継続的に拷問のような行為を受けていることが、見て分かった。
しかし彼女の表情からは、苦痛や恐怖のようなものは感じられなかった。それでいて男たちから与えられる性行為に対し悦楽を感じているようにも見えなかった。
「ふふふ」
男たちに好き勝手に体を弄ばれながら、彼女は笑っていた。まるで少女のような喜びの表情を浮かべているのだ。今この瞬間が楽しくて仕方ない。そんな表情をしていた。
俺は、彼女を処分する気にはなれなかった。
こんな感情を抱いたのは初めてのことだった。
最後の最後に俺は国の指示に背いた。俺は彼女だけ生きたまま施設から連れ去ったのだった。
秘密裏にラノルドに連絡を取った。
「なんだ、リュース、早いな、もう片付いたのか」
「ああ、片付いたことには片付いたんだが……なぁ、ラノルド、最後の頼みがある」
「なんだ?」
「とある少女を助けて欲しいんだ、ひどい怪我をしている」
「何だって?いくら君の頼みとはいえ、勝手なことをされては困る。俺の権力で医療施設に秘密裏に入れてやることもできなくもないが……いや、無理な者は無理だ、彼女は処分するんだ、今すぐ」
ラノルドと会話している間、彼女は俺の腕の中で楽しそうに微笑んでいた。
俺と目が合うと彼女はにっこりと笑って俺の頬を撫でた。
「名前は何て言うんだ」
俺は彼女にそう聞いた。しかし彼女は俺の言葉には答えず、ふふふと笑っただけだった。もしかすると彼女は言葉を話せないのかもしれない。
結局俺は処分する気になれなかった。
少女を抱えたまま戻って来た俺を見たラノルドは「やれやれ仕方ないな」と呟くと、秘密ルートでその少女をとある医療施設へと送ってくれたのだった。

宗教団体壊滅から、三日が経った。今日は、俺の最後の日であった。今日俺は廃棄される。
別に思い残すことなんて何もない、そう思っていたのだが、なんとなく、あの少女のことが気になった。俺はラノルドに連絡を取って彼女に会わせてくれ、と言った。
するとラノルドは「残念だがそれは難しい」と言った。
「どうして」
そう問うとラノルドは、言葉を詰まらせながら言った。
「実は彼女、特殊体質の持ち主だったようだ、貴重な研究対象として、別の研究施設に移されたんだ」
「特殊体質?一体どういうことだ?」
「彼女は喜怒哀楽のうち、怒り、悲しみの感情が欠落した人間だったんだ。喜びと快楽以外の感じることのできない体質だったんだよ、俺は医療に詳しくないからよくわからないが、彼女は恐怖や怒りを感じる体内物質に対してのレセプターがうまく機能していないらしい、珍しい症例だし、彼女の身体で起こっているメカニズムを解明させれば、抗鬱治療に役立つっていうんで、研究所に送られたよ」
俺は無言でラノルドとの通話を切った。
「クソ、一体どういうことだよ」
俺はぎゅっと拳を握りながら、研究所へと向かったのだった。

研究所のセキュリティシステムを、ちょいと不正して、その研究所へと入った。事前に研究所のサーバーをハックしておいたから、彼女の居場所はわかっていた。彼女は最上階の、機密研究室にいる。
俺は最上階を目指した。

「どういうことだ」
研究室のドアを開けた俺は、目の前の惨状に愕然とした。
彼女の身体は、まるで水槽のような大きな筒状のガラス管の中にあった。彼女の身体からは複数のチューブが繋がれている。彼女の周りには複数のモニターが並べてあって、リアルタイムで送信されたデータがモニター上に映し出されていた。
俺と目があった彼女は、コポコポと気泡を口から吐くと、出会った時のように嬉しそうに笑った。
「……」
彼女の純粋過ぎる微笑みを見て、俺は決意した。
「これが最後に残された俺の使命だ」
俺は襟足にある、自爆スイッチに手を伸ばしたのだった。

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