【お題:『ムカデ』『包丁』『目玉焼き』】
【時間:ー】
◆◆◆
心地よい風を頬に感じて、目が覚めた。こんなに目覚めの気分がいいのは何年ぶりだろう。笑みを浮かべながら体の向きを変えた。畳の上に敷いた布団は近くのホームセンターで5000円でかった安物だったけど、なかなかの寝心地だった。鼻からゆっくりと空気を吸い込むと、イ草の香りがした。とても落ち着く香りだ。都会に住んでいた時には考えられないが、ベランダの窓を一晩順開けっ放しにして眠った。このアパートまわりは田畑に囲まれていて、死角がなく、泥棒が入りにくい環境にある。おまけに一階には、大家さんの老夫婦が住んでいるので、人の目もバッチリある。不審な人間は寄りつかない。最高の環境だった。大きく伸びをしてから、私は立ち上がった。ベランダに出ると、田園風景が広がっていた。高いビルが一切無いため、空が広く感じた。
左足がむず痒く感じた。視線を足下に落とすと、左足の甲に、黒光りしたムカデが這っていた。
「ぎゃっ」
可愛らしさのかけらもない悲鳴をあげた私は、慌てて足を振って、ムカデを落とした。ベランダのコンクリートにポトリと落ちたムカデは、何事もなかったかのように、体をくねくねさせながら、隣のベランダへ消えて行った。
「なんかお腹すいたなぁ」
私はベランダから部屋に戻ると、台所へ向かった。冷蔵庫がまだ買えてなかったので、台所には、常温保存のきく卵と、魚肉ソーセージ、食パン、そして、大家さんからもらった小松菜だけしかない。布団と一緒にホームセンターで買った、まな板と包丁で小松菜、魚肉ソーセージを切った。フライパンの半分で小松菜と魚肉ソーセージを軽く炒め、もう半分に、卵を落として目玉焼きを作った。少し焦げたけど、なかなか上手にできたと思う。
「しまった、お皿買い忘れてた」
私はフライパンをそのまま持っていき、段ボールの上に乗せ、菜箸で食べた。マナー的にはアウトだけど、ここには誰も注意する人はいない。ベランダから見える、青い空を見ながら、朝食をとった。
今までの人生で一番美味しい朝食だった。
「ああ、最高!」
私はひとりで万歳をしながら、ベランダから吹き込む優しい風と、穏やかな朝日に目を細めたのだった。

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