【お題:世界が終わる日に・溶けるように・罪を償った】
【時間:68分】
◆◆◆
「……ここもだめか」
かつて渋谷と呼ばれた地に僕は立っていた。全盛期の渋谷は、流行の最先端として若者で溢れかえっていたらしい。しかし、僕の目の前に広がっているのは、崩れたビル。電車。無造作に転がった死体。
ガスマスク越しの世界は色を失って見えた。
いや、ガスマスクなんてつけていなくても、もうこの世界は完全に色を失っていた。
20XX年XX月XX日。世界は灰色になった。第三次世界大戦勃発。
世界各地で核兵器や生物兵器が使用されたことによる、環境破壊、急激な気候変動により、地球は灰色の大気汚染物質や放射性物質のベールに覆われることとなり、地球から太陽を目にすることは実質不可能になった。
そこからさらに争いは苛烈を極めることなる。残り少ない資源を求めて、国家間の戦争はおろか、国内で殺人や強盗などの凶悪な犯罪が激化。こうして人類は互いを殺し合い、滅びの一途を辿ったのだった。
生き残りは殆どいなくなった今、争いは鎮静化している。
もはや争う気力など、生き残った人々には残されていなかった。
昨日、行動を共にしていた仲間が息を引き取った。
もう、この世界には僕と彼の二人だけなのでは、と思っていた。探索を続けても、出会うのは既に息をしていない死体ばかりだった。
これまで彼と一緒に様々な修羅場を乗り越えてきた。その唯一の仲間を失ってしまった僕は、深い絶望に苛まれた。僕も彼と一緒にここで死んでしまおうか。その考えが頭を過った時、ふと、彼が生前に呟いていた一言を思い出した。
『どうやら渋谷には僕らのような生き残りがいるらしい』
僕はそのおとぎ話のような彼の言葉を信じて、ここ渋谷にやって来た。
しかし、ここに、生き残りはいなかった。
「……はぁ」
僕は再び生きる理由を失ってしまった。歩き疲れた僕はその場に座りこんだ。
手持ちの食料は、もってあと半日ほど。ここ渋谷に食料が残っているのかどうかも不明だった。食料を探しまわる気力ももうない。
ふと足下を見ると、コンクリートの上に太い白線が引いてあるのが見えた。
「そうか、ここ、スクランブル交差点か……」
かつてこの場所が賑わいを見せていたのが嘘のようだ。
「……もう疲れたな」
僕は大の字になって横たわった。
灰色の空を見上げながら、僕は昔のことを思い返していた。
「こんなことなら、本当のことを伝えておくべきだった」
脳裏に浮かんだのは、一人の女だった。
「ルカ」
彼女は幼馴染みだった。非力で気弱な僕とは正反対で、豪快で快活な女の子だった。彼女は、持ち前の運動神経と知力を生かして、国家機動隊に入隊した。
彼女は第三次世界大戦に現場指揮官として紛争地帯へ派遣されることになった。旅立つ直前、彼女は僕に会いに来てくれた。
僕は彼女を目の前にして何も言うことができなかった。あの時言うべきだった。
君が好きだ、愛していると。
「……もう今更遅い」
僕は腕で顔を覆った。
そう、遅すぎる。彼女が派遣された地域は、最も被害が激しかった場所だった。街は壊滅状態で、生存者の確認も難しい状態だった。
……僕のような弱虫ではなく、彼女のような人間こそ生き残るべきだったんだ。
「っう」
ガスマスクのせいで見にくい視界がさらに滲んむ。あふれ出た涙が頬をつたって落ちていくのがわかった。
叶うなら、もう一度、ルカに会いたい。
「ルカ……」
その時だった。
すぐそばでカタンと音がした。周囲は無風だった。ネズミかなにか野生動物が動いたのだろうか。ここ数週間、いや、一か月ほど、肉を食べられてなかったのを思い出した。
腹が減ったな。
「ふっ」
僕は思わず笑ってしまった。
ついさっきまで死のう考え、亡き想い人のことを考えていたのに、今は空腹を満たすことを考えている。自分でも本当に呆れてしまう。
「バカだな、僕は……」
思わず呟く。
すると
「なに一人で笑ってるんだ?」
すぐそばで声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。
「え?」
僕は腕をどけた。
ガスマスク越しの視界に、誰かが僕の顔を覗き込んでいるのが見えた。
意思の強そうな太眉に、切れ長の目。薄い茶色の瞳。
「……ルカ?」
ついに僕はおかしくなってしまって、幻を見ているのだろうか。呆然と彼女の亡霊を見上げている僕に、その亡霊はふっと笑いかけた。
「相変わらず泣き虫だな、カイは」
「嘘だ……」
目の前に彼女がいる。
世界の終わりにこんな奇跡が残されていたなんて。
僕はゆっくりと起き上がって、しっかりと彼女と向き合った。
今こそ、言わなくては。
あの日言えなかった言葉を。

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