本当に救いたかったのは

【お題:ねーたもつ、寂しがり屋な霊能力者と迷惑なほど気を回してくる不良が壊れていく美しい悲劇の物語書いてー。】
【時間:120分】

◆◆◆

今でも僕は、あの日のことを後悔している。

「またここかよ」
屋上のドアを開いた僕はため息ついてそう言った。
春の穏やかな日の光が差す、午後1時。
マサトは、丸めた学ランを枕にして、昼寝をしていた。そよそよと吹く春風に、根元が黒くなった痛んだ金髪が揺れている。
普通の人間が見れば、不良が屋上で授業をサボっているよくある風景だ。
だけど僕には別のものが視える。
彼の肩から心臓にかけてのあたりに、黒い靄が取り憑いている。今日の朝、祓ったばかりなのに、もう別の霊魂に取り憑かれてしまったらしい。
僕はマサトのそばにいくと、揺すり起こすふりをして彼の身体に触れ、黒い靄に集中した。『uうぐぅ』というマサトのものではない短い唸り声が聞こえたかと思うと、パンッと破裂音とともに黒い靄は消え去った。
「……んだよ、リヒトか」
マサトはまぶしそうに目を開いた。
「先生に頼まれて迎えに来た、授業に戻るぞ」
ふぁああと大きなあくびをしながらマサトは身体を起こした。ガリガリと髪をかきながら、マサトは呟いた。
「なんかまた変な夢見てたわ、もう忘れたけど」
僕はマサトを見下ろして言った。
「こんな時間に寝るからだろ」
そう言ったものの、僕はマサトが悪夢を見る理由がわかっていた。マサトが眠っている間に見ていたのは、彼にとり憑いた霊の過去の記憶と、マサトの記憶がごちゃ混ぜになっていたからだ。

マサトの魂は、無防備すぎるのだ。其れが故に、とり憑かれやすい。
人間誰しも、自分の心を守るために、ベールのようなもので心を覆っている。そのベールの厚さは人によって異なる。薄い人もいれば、コンクリートのように固く分厚い人もいる。
だけど、マサトはそのベールが一切無いのだ。魂が常に”むき出し”の状態。マサトの魂は、限りなく透明近く、澄んだ薄水色をしている。僕は彼ほど、純粋で綺麗な魂を持っている人間を見たことがない。どんな善人でも、魂の一部は黒や茶色で薄く濁っている。だけどマサトの魂はいつも透明だった。
彼は度々、悪意のある霊に取り憑かれ、その度に不祥事を起こした。そんな彼をみんなは手のつけられない不良だと言っているが、違う。これまでの暴力沙汰、犯罪行為は、彼の魂が行ったことではない。取り憑いた悪い霊魂に身体を乗っ取られたせいなのだ。
むき出しで美しい魂は、浸食されやすい。
彼は生まれながらに善良で優しい人間なのだ。それなのに学校で不良と呼ばれるまでになってしまったのは、この憑かれやすい体質のせいなのだ。
僕は、その度に、彼に取り憑いた霊を祓った。
「肩に何かついてるよ」とか適当な理由で彼の身体に触れ、その隙に、取り憑いた霊魂を祓ってきた。だけど、祓っても祓っても、マサトのむき出しの優しい魂に引き寄せられて、悪い霊魂が引き寄せられてくる。
僕は彼のそばにいながら、16年間、ずっと彼の霊を祓っている。そのおかげか、僕の霊媒師としての能力は上がっていった。生まれ持った体質や才能もあるが、霊媒師も体育会系の部活と同じで、場数を踏んだ分だけ強くなるのだ。
そんなわけで齢16の僕は、かつて日本最強の霊媒師と言われていたじいちゃんには敵わないものの、じいちゃんの次くらいには強い霊媒師へと成長していたのだった。

まだ眠そうにしているマサトの腕を掴んだ。
「ほら、いくぞ不良」
「あー、はいはい、わかったよ、優等生」
仕方ねぇなと面倒くさそうに呟きながら、マサトは立ち上がった。
「なんの授業だっけ」
180近くあるマサトと並ぶと、163センチしかない僕は、顔を上げなければならない。
「今は、数学だよ」
「数学かぁ、だりぃな」
染色を繰り返したせいで傷んだ金髪が太陽に透けている。春の木漏れ日のような澄んだマサトの魂は、これからも僕が守っていくつもりでいる。

その、一か月後、かつてない事件が起こった。
マサトが学校を休んだ。しかも3日も。
マサトが学校をさぼるなんて今に始まったことではない。マサトと幼馴染の僕は、マサトが学校を休む度に、教師にマサトの様子を見に行くように頼まれる。
その日もいつものように、教師から渡されたマサトの分のプリントを持って、マサトに家に向かっていた。マサトの家はシングルマザーの家庭で、母親は四六時中働きにでているので、いつもマサトしかいない。
どうやらマサトは先日不良仲間と、心霊スポットと呼ばれるトンネルに行ったらしい。
それを聞いて僕は嫌な予感がしていた。その心霊スポットというのが、あそこには、とてつもない邪悪な霊魂が集まっている場所だ。霊媒師でも近づくのを躊躇うような最悪の場所だ。
あんな魂をむき出しにした状態で、そんなところに行っては、悪いモノにとり憑かれてしまうではないか。
マサトの家に近づく度に、重力が段々と強くなっていくように僕の身体が重くなるのを感じた。
「これは……まずいことになっているかもしれない」
僕は重い身体を無理やり動かし、マサトの家に走った。

「……まじかよ」
マサトの住んでいるボロアパートを前にして、愕然とした。
目を背けたくなるほどの、黒い巨大な靄が、マサト部屋から湧き出ている。
僕は、鞄から数珠を取り出して、二階へと続く階段を登った。
「うっ」
扉の向こうから湧き出る邪気に思わず顔を背けた。これはただ事ではない。
「マサト!おい、僕だ、開けてくれ」
僕はドアを叩いた。しかし返事はない。普段なら僕はマサトの魂を感じることができるのだが、この日は部屋から漏れ出る邪気が強すぎて、中にマサトがいるのかどうかも確認できなかった。
「……あれ?」
ドアのノブをまわすと、開いていた。
ギィ。
軋むような音とともにドアが開く。その瞬間、ひどい異臭がした。
「……っな!」
部屋の中を見て、僕は愕然とした。
黒の靄に包まれたモノが、台所前に横たわっていた。フローリングの床は、赤黒く変色していた。……血だ。
そこに横たわっていたのは、マサトの母親だった。
もう生きていないことは一目見たらわかる。
僕は靴のまま部屋に上がった。
そこにマサトの姿はなかった。
マサト、一体どこに行ってしまったんだ。

その後、僕は警察を呼んで、事情聴取を受けたあと、黒い靄の影を追って、マサトの姿を探した。しかし、すべて空振りに終わった。じいちゃんに電話で事情を話したら、「とにかく家にかえって来い」と言われた。

じいちゃんと二人で夕飯を食べていると、テレビから、アラーム音が流れて画面上部に『速報』という文字が表示された。お笑い番組は中断され、画面は女性ニュースキャスターへ切り替わる。彼女は深刻な様子で、手元の紙を見たあと、顔を上げて言った。
僕は、ニュースキャスターの言葉に驚愕した。
『母親殺害の容疑で、警察から取り調べを受けていた、慶福眞人(よしとみまさと)は、取り調べ中に警察官に暴行を加え殺害、そのまま警察署から逃走し、行方がわかっておりません』
「そんな……」
テレビ画面をじっと見つめていたじいちゃんは、箸をおくと、静かに言った。
「理人、もうマサトくんは、あのマサトくんではない……これ以上彼の魂が浸食される前に、楽にしてやる方がいい」
「そう、だよね……」
じいちゃんの言葉に僕は俯いた。味噌汁を見つめる。喧嘩で殴られた頬に絆創膏を貼って、ニカッと笑うマサトの顔が思い浮かんだ。
「……お前が無理なら、じいちゃんがやろうか」
その言葉に僕は顔を上げた。
「僕が、僕がやる」
「そうか、なら頑張りなさい」
静かにそう言うと、じいちゃんは箸を取って、切り干し大根を口にしたのだった。

深夜三時。臨海公園。
今にも消えそうな街灯のそばのベンチに僕は座っていた。手持ち無沙汰だという理由で自販機で買った缶の炭酸飲料は、一口飲んだだけで、それ以上飲む気にはなれなかった。
「ふぅ」
僕はため息をついて、缶をベンチの上に置いた。
マサトは、いや、もうマサトではない何者かが、この公園にやって来ることはわかっていた。パーカーのポケットには、じいちゃんから貰った呪符と数珠が入っている。これで、マサトに取り憑いた闇を取り祓う。たとえそれが、彼の魂をこの世から消滅させることになっても。

その時、背中がぞわりと粟立つのを感じた。
来た。奴が。
僕はベンチに座ったまま、顔だけそちらに向けた。
ざっ、ざっ、ざっ。
コンクリートにスニーカーが擦れる音がする。
自販機の影から姿を現したのは、マサトだった。学ランのボタンは全部外れていて、中に着ているシャツは、誰のものかもわからない血で赤く染まっていた。
マサトは僕の目の前までやってくると、真っ黒な空虚の瞳で僕を見下ろした。
「マサト……」
僕はマサトの形をした別の物体にそう呼びかけた。
「……」
マサトは何も答えなかった。
「うぐっ」
突然、マサトの手が僕の首を掴んだ。ギリギリと指が肌に食い込む。苦しい。苦しい。咄嗟にマサトの手を引っ掻くが、彼の指が離れる様子がない。
「……っ、はっ、な、せ……」
あれほど優しかった彼の瞳は、深い闇の底のような黒いドロドロとした別の何かになっていた。もう、僕の大好きだったマサトはここにはいない。
意識を保つのが難しくなってくる。このまま身を任せて死んでしまった方が楽になれるかもしれない。だけど、僕の大好きなマサトをこんな最低最悪な殺人鬼として、この世に残すことはできない。
「ぼ、僕の、マサトを、かえせっ!」
最後の力を振り絞って、僕は、数珠と札を取り出し、マサトの心臓に押しつけた。全神経を集中させ、混濁した霊魂を鷲づかみし、彼の身体から引っ張りあげた。
首を掴む力が、ふっと弱まった。魂を失ったマサトの身体は、ただの有機体の入れ物だ。持ち主を失った彼の身体はそのまま後ろにバタリと倒れて動かなくなった。
マサトの身体の上に浮かんだ、ヘドロのように黒い霊魂に、じいちゃんから伝授された言霊を唱えた。
『ぅが、いぎぎぎぎ、ぐ、ううううう』
マサトの霊魂と一緒に取り憑いていた闇も、パンッ、パンッと弾けるようにして消えて行く。
「ごめんね、マサト」
パンッ!
最後にひときわ大きな破裂音が鳴った。その音とともに、取り憑いていた闇とマサトの魂はこの世から消失したのだった。
「……っはぁ」
身体の力が一気に抜けた僕は、立っていられなくなり、その場にしゃがみこんだ。
「っぜぇ、……っ、う、ううう」
ぽた、ぽた、と落ちた雫が、コンクリートを濡らした。僕は動かなくなったマサトの身体に触れた。マサトの身体は、冷たくなっていた。
僕は、カッと開いたままだった彼の瞼をそっと閉じてやった。
「マサト、ごめん、ごめんな」
どんなに謝ってももうここに彼はいない。
マサトの頬にふれる。誰もいない屋上で居眠りしていた、あの時のように、安らかな眠り顔だった。
「マサト……、マサト」
僕はこうして、世界で一番大事な人を失った。

じいちゃんが亡くなり、本格に家業を継いだ僕は、マサトを救えなかった贖罪を背負いながら、今も霊媒師として活動を続けている。

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