【お題:ねーたもつ、禁忌に触れた過去のあるお嬢様と心の優しいパンクなお兄さんが記録した「写真」に纏わる物語書いてー。】
【時間:149分】
◆◆◆
じいちゃんが死んだ、という連絡を母親から聞いたのは、同級生の内定の報告LINEと、11社目のお祈りメールを同時に受け取った直後だった。
そもそも僕の一生分の運は、半分冗談のようなノリで記念受験した今の大学から、合格通知を貰った時点で使い果たしていた。入学時点で他の受験生たちと相当な能力差があったのと、有名大学のブランドが欲しかっただけだったこともあり、僕は大学の授業を真面目に受けてなかった。そのツケがまわってきていた。卒業に必要な単位が80単位足りていなかった僕は、希望に満ちあふれた新入生とともに一般教養の授業を受けると同時に、鬼のような数のエントリーシートを提出し、次から次へとやって来る面接をこなさなければならかった。それにプラスして、ストレスでタバコの本数とパチンコ通いの機会が増え、今月の家賃分を失ってしまっていたので、急遽、単発の派遣バイトもこなさなければならなかった。そんなわけだから、僕は、心身ともに最悪な状態だった。
そんな時に、追い打ちをかけるような形で大好きな祖父の死が知らされた。母からの電話を切ったあと、僕はしばらく呆然としていた。しかし数十分後には、就活と単位と派遣バイトから逃げる都合のいい言い訳が出来た、と思った。その直後、僕は罪悪感に襲われた。大好きなじいちゃんの死を、それらと同じ天秤に乗せてしまったことへの罪悪感。
「僕なんか死んだほうがましだ」
そう言った後でまた別の罪悪感に襲われた。僕は頭をかきむしりながら、謎の奇声をひとしきりあげたあと、実家に帰る準備のためにクローゼットからボストンバックを取り出したのだった。
お通夜の準備が一段落した頃、僕は母からじいちゃんの部屋の遺品整理をするように言われた。
「たくちゃんが欲しいものがあったら他と分けておいてくれる?残りは他の親戚にあげる予定だから」
「わかった」
僕はひとり二階へと続く階段へ登り、じいちゃんの書斎へと向かった。廊下の窓から差し込む光が、埃に反射してきらきらしているように見えた。
襖と開けると、じいちゃんの声が聞こえて来るような気がした。そう感じてしまうほど、じいちゃんの部屋は、じいちゃんが生きていた頃のままだった。押し入れの前にはアコースティックギターが立てかけてあった。ギターの弾き方はじいちゃんから教わった。昔教えて貰ったフォークソングは、今でも弾くことができる。
僕の卒業単位が壊滅的に足りなくなった原因のひとつである、軽音部での活動も、もとを辿れば、じいちゃんの音楽の影響を受けたことに起因する。僕を構成する三分の一くらいはじいちゃんに影響を受けていると言っても過言ではない。それくらい、僕はじいちゃんが好きだった。
ふと窓際の机の戸棚が視界に入った。そこには、じいちゃんが後生大事にしていた写真アルバムと、ばあちゃんの残した日記がおいてあった。
ばあちゃんは、僕が中学生くらいの時に亡くなっている。どうやらばあちゃんは、とんでもない金持ちな家に生まれたの箱入り娘だったらしいけど、いろいろあって、流れ着いた先で、根無し草の売れないフォークシンガーのじいちゃんと出会い、そのまま結婚したのだそうだ。おしゃべりなじいちゃんに比べて、ばあちゃんは静かであまり自分のことを語らない人だった。
どうして金持ちの娘のばあちゃんが、じいちゃんみたいな人と結婚することになったのか、僕は知らない。あれほどおしゃべりなじいちゃんも、それに関してはあまり語らなかった。
アルバムを取り出しパラパラめくると、どこかの河川敷に腰掛けた着物を着た女性の写真があった。若いときのばあちゃんだ。こうやって見ると、着てる着物も高そうに見えるし、河川敷に不釣り合いな感じが、いかにもお嬢様って感じがする。その写真の横には、飲み屋のような場所でギターを弾いている男の写真が張ってあった。じいちゃんだ。よく見ると、じいちゃんの前で、綺麗なワンピースを着たばあちゃんが、笑いながら手を叩いてる。ばあちゃんってこんなに大きな口を開いて笑う人だったんだ。すこし意外だった。ばあちゃんがじいちゃんを見つめる視線がとても優しい。
ああ、ばあちゃんはじいちゃんのこと、本当に好きだったんだな。
しばらくアルバムの写真を見たあとで、僕はばあちゃんの日記を手に取った。開いて見ると、ばあちゃんらしい、筆圧が薄くて流れるような達筆な字で書かれている。
僕はその場に胡座をかいて座ると、日記を読み始めた。
19XX年 8月3日
今日はご近所さんから貰ったスイカを切って竹さんと二人で縁側で食べた。竹さんは口に含んだスイカの種を一生懸命、庭の松の木めがけて飛ばして、若い頃は幹に届いたのになぁ、とぼやいていた。
それをきっかけに、竹さんと出会った頃のことを思い出して、数十年ぶりに、竹さんと昔話をした。
竹さんと出会っていなかったら、こんな幸せな生活はできなかったと思う。あのまま、あの家にいたら、今頃私はどうしていたかわからない。汚くてふしだらな私の全部受け入れてくれた竹さんには、感謝してもしきれない。
今でこそ開き直ってこうして日記に書けるようになるまでになったけど、ここまで来るのに数十年かかった。あの、忌まわしき父親。今も思い出すと、嫌な気分になる。
財力があるだけで、性格が破綻していた父親は、私に手を出しただけに飽き足らず、家に遊びに来た友人の染子さんにも手を出した。今思えば、染子さんの方から誘ったのかもしれない。私の父が女であれば自分の子でさえ手を出すほどに最低な男だということは、私の相談を受けていた染子さんだけは知っていた。その頃ちょうど、染子さんのお父様の会社が事業に失敗して廃業の危機だったこともあって、もしかすると、事業を立て直す金欲しさに、染子さんの方から誘ったのかもしれない。今では二人とも亡くなってしまっているから、真実はわからないけれど。染子さんと父が関係を持つようになってから、染子さんの会社は事業を持ち直した。染子さんのおかげで、父は私には触れなくなった。だけど、母は精神を病んでいく一方だった。何度も自殺未遂をしたり、裸のまま屋敷の外に飛び出そうとしたり、もう家の中は最悪の状況で、心中しようとした目を血走らせた母に首を絞められた時には、もう終わりだと思った。女中が止めに入って事なきを得たけど、その時、私は決意した。私はこの地獄を終わらせる、と。
私は、染子さんと父の情事を写真に収め、それを秘密裏に記者へ渡した。次の朝には、号外で街中に配られて、先代が築き上げてきた栄光はその日で地に落ちた。もちろん染子さんの家も道連れにする形になった。数週間前から少しずつ準備をしていた私は、号外が配られる頃には、ひとり重いトランクを持って駅のホームに立っていた。行き先も決めずに、一番最初にホームにやってきた汽車に乗り込んだ。東北行きの列車だった。その列車で、偶然向かいの席に座ったのが竹さんだった。大きなギターケースを抱えて座っていた。第一印象は、なんだか薄汚い格好をした人だなくらいにしか思っていなかった。女ひとり大荷物で列車に乗った私を見て、何やらたいそうなワケありの女だと思ったのと、ひどく不安そうな顔をしていたから、放っておけなくなったらしい。列車に乗るまでは家を離れたい一心だったからそれ以外のことに頭がまわらなかったけど、列車に乗った途端、これから一人で生きていかなければならない現実を思い出して、後悔し始めた。それが顔に出ていたようだ。竹さんは、初対面の私にも物怖じせずに話しかけてくれた。最初は変な男の人だなと思っていたけど、いつの間にか私は竹さんの旅の話を夢中になって聞いていた。そして、ひとりで家出してきた私を、竹さんは自分の家に招待してくれた。
今思えば、年頃の娘が知らない男の家についていくなんて、本当に常識が無かったと思う。竹さんじゃなくて、父のように悪い考えを持った男の人だったらどうしていたのだろう。でも、私は、竹さんだからついて行ったのだ。竹さんと話して、この人は大丈夫な人だと直感で思った。その直感は当たっていた。ギター持って旅するような、いかにも世捨て人とうい感じで女にもだらしなさそうな人だったけど、見た目に反して、こと女関係に関しては驚くほどきっちりした人だった。同じ屋根の下に住んでいたのに、竹さんは、私に結婚してくれとプロポーズするまで、本当に文字通り指一本も触れなかった。
私の過去を聞いても、武さんは私を軽蔑することはなかった。それどころか、つらい思いをした分、俺といっぱい幸せになろう、と言ってくれた。過去をすべて話したその日のうちに、竹さんは、少ない貯金で高級カメラを買ってきてくれた。これでいっぱい思い出残そう、と。
それまで私の中で写真というものは、忌まわしき過去を連想させるから嫌いだった。自ら父と染子さんの情事の写真をとったことを思い出してしまうから。竹さんは、「本来写真は楽しいものなのに勿体ない。嫌なこと忘れるくらい俺と楽しい写真をたくさんとって、上書きしよう」と言ってくれた。竹さんのおかげで、私は写真が好きになった。本当に、あの日、私の目の前の席に座ってくれたのが竹さんでよかった。これからの残り少ない人生、私は竹さんへ恩返しをしていきたい。これからもずっと、竹さんと生きていきたい。
「……ばあちゃん」
僕は日記から顔を上げた。夢中になって読んでいるうちにあたりがうす暗くなっていた。
ズボンのポケットがブルブルと震えた。手を突っ込んでスマホを取り出すと、非通知着信だった。
「はい、萩原です」
『お世話になっております。わたくしXXXX株式会社人事部田中と申します。二次選考の個人面談の件でお電話させて頂きました』
「えっ、あ、はい、あ、ありがとうございます!」
電話を終えた僕は、初めての一次選考通過に、思わず両こぶしを突き上げて「やったー」と叫んだ。すると、「たくちゃん、何やってるのー夕飯にするよー」と一階から母の声が聞こえた。
「わかったー、いまいくー」
僕は返事をして立ち上がる。アルバムと日記を再び棚に戻す。ふと僕は後ろを振り返った。アコースティックギターがそこにあった。何故かわからないけど、じいちゃんがいるような気がした。
「ありがと、じいちゃん」
なんとなくお礼を言って、僕はじいちゃんの部屋を出ると、揚げ物の匂いが微かにした。
「ふんふんふーん」
僕はじいちゃんに教わったフォークソングを歌いながら、階段を降りたのだった。

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