次の街へ

【お題:『CD』『猫』『トランク』】
【時間:ー】

◆◆◆

「この土地ともおさらばかぁ……」
高台から街を見下ろしながら思わず呟いた。
今日はどこまでも澄んだ青空で、出発の日にふさわしい天気だった。
ニャーと背後で鳴き声が聞こえた。アメリカンショートヘアの”おかか”が、餌鉢の前でちょこんと座りこちらを見ていた。
「ごめん、おかか、朝ごはんまだだったね」
車のトランクからキャットフードを取り出し、餌鉢に盛り、最期に鰹節を乗せると、おかかは嬉しそうにニャーと鳴き、餌を食べ始めた。3番目の街でおかかと出会ってから、もうかれこれ5年の付き合いになる。おかかはなくてはならない最高の相棒だ。おかかは、店の看板ネコで私のビジネスパートナーであり、かつ、私の相談を聞いてくれる良き友人でもある。ワゴン車で各地を転々としながら移動販売カフェを始めたのは、8年前だった。新入社員として入社した会社が運悪くマルチビジネスを主とする最悪のブラック企業で、2年半頑張ったものの、給料に割に合わない仕事を押しつけられ毎日残業続きで、心身ともに疲れ果て、これではいけないと逃げるように退職した。それから数ヶ月はほぼニートのような生活を送っていたが、昼間に見たテレビ番組で移動販売をしながら旅をしている男性がインタビューを受けていた。仕事というのは毎日同じ会社に通って淡々とこなすものという固定概念ができあがっていた私にとって、毎回別の土地でお仕事をする移動販売が、とても魅力的な仕事に見えたのだった。ふと私もこれやりたい!と思った。そう思ってからの行動は自分でも驚くくらい早かった。ネットで移動販売の方法を調べ、移動販売セミナーが開催されていることをしり応募。食品衛生責任者の資格を取り、中古で水色のキッチンカーを購入した。
コーヒーは昔から好きで豆からひいて入れていたし、お菓子作りも得意だったので移動式カフェをしようと決めた。この仕事は私にとって天職だった。その土地で、いろんな人と出会いながら、大好きなコーヒーとおかしを売る。女ひとりで各地をまわるからたまに危険な目にあったり、それなりに苦労もあるけど、死んだように働いていたあの頃にくらべたら、こんなの苦労ではない。
「さて、そろそろ行きますか」
おかかもそれに応えるようにニャーとひと鳴きすると、ワゴンに飛び乗った。餌鉢を開けっ放しだったトランクにしまう。バタンとトランクを閉めて、再び振り返った。
4ヶ月お世話になったこの街ともお別れだ。ちょっぴり寂しくなった。
「よーし、いくぞ」
運転席に乗り込み、グローブボックスからいつものCDを取り出し、セットした。小さい頃から聞いていた子供向けの曲だ。これを聞くと元気になる。頑張ろうという気持ちになるのだ。エンジンをかけると、いつの間にかおかかが、助手席にちょこんと座っていた。
「さ、行くよ、おかか」
おかかに笑いかけると、おかかもつぶらな瞳をこちらにむけてニャーと鳴いた。
大好きな歌、大好きなコーヒー豆の匂い、最高の相棒とともに、私は次の街へと旅だった。

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