満月の夜にまた会おう

【お題:『月』『まとめ』『螺旋』】
【時間:ー】

◆◆◆

「いつかまた満月の夜に会おう」
そう言い残してこの町を去っていった男を、私はまだ待ち続けている。

標高の高い山々に囲まれた谷に位置するこの町は、これといった名産もなく、貴重な鉱物が取れるわけでもないへんぴな村だったが、ここ数年で、王都を目指す商人や旅人たちの宿場町として栄えていき、村から町となった。町の東にそびえ立つ山を越えるとすぐ、王都だ。西の都市からやってくる人々にとってはこの村を通過し山を越えるのが最短ルートとなっている。山を越えずに迂回していく方法もあるが、この大きな山を迂回するとなると、少なくとも2週間はロスしてしまう。最近は山を越える者が増えてきたせいか、山道もだいぶ整備され、数年前に比べれば、格段に山を越えやすくなってきていると思う。
先代が老後の暇つぶしとして始めたこの酒場も、今では毎晩大盛況だ。
「ありがとうございましたー」
最後の客を見送った私は、従業員二人とともにテーブルに残されたジョッキや皿をキッチンへと運んだ。ふと、キッチンの窓を見上げると、そこにはまん丸の月が浮かんでいた。
「そっか、今日は満月か」
今思い出したようにそう呟いたものの、私は昨日からずっと気にしていた。

満月。
その言葉を耳にする度に、私は、彼のことを思い出してしまう。
それは5年前のことだった。
その頃はまだ、この町はまだ村だった。それほど立ち寄る旅人も多くなく、私ひとりだけで店をまわせるほどだった。
私は、一週間立て続けに飲みにくる、とある男が気になっていた。
客が少ないので、自然と顔を覚えてしまったこともあるが、それでなくも、その男の容姿は目立っていた。彼はこのへんでは珍しい銀髪だった。彼はその長い銀髪を頭の高いところでまとめて結んでいた。瞳は、どこか妖艶な印象を与える紫色だった。旅人というには身なりが整いすぎていた。しかし、商人のような商売っ気のある雰囲気ではない。人を近寄らないような、独特の雰囲気があった。
その男は、この店に来ると必ず、入口近くの窓際の席に座っていた。その男はいつもひとりでやってきていた。窓際の席に座った彼は、酒を飲みながら、窓を見上げていた。淡い月明りに照らされた彼の銀色の髪が時折キラリと光る瞬間があり、それを見た私は、思わず仕事の手を止めて、彼に魅入ってしまった。勘定を済ませた男に、「ありがとうございました」と伝えると、男は私を見てふっと笑て「ごちそうささま」と言った。

店を閉めて、私は家へと戻った。私の家はこの町のはずれにある。家のすぐ近くには森が広がっており、その森の中には、数千年前にできたとされる遺跡があった。どうやら珍しい建築のようで、たまに、研究者らしき人々がその遺跡を訪れているのを目撃していた。
その日、家についた私は、家の空気を入れ替えようと、家の窓をすべて開けた。冷たい夜風が吹き抜ける。その気持ちよさに思わず目を閉じた。しばらくして、目を開く。
その時、ふと、窓の外で何かが動いた気がした。間違いじゃなければ、銀色の髪が見えた気がする。
気になった私は、窓を再び閉じ、戸の鍵を閉めたあと、ランプを片手に森へと向かったのだった。この森には、昔から銀色の凶暴な狼が出るという言い伝えがあり、村の人たちは、夜の森には決して近寄らなかった。森のそばにひとりで長年住んでいる私だったが、狼の遠吠えらしきものは一度も聞いたことがない。だから私は、銀色の凶暴な狼が出るというのは、昔の人間の作り話に違いないと思っていた。
だが、狼が出ないと言っても、夜の森を歩くのは、恐ろしいものがある。ひとりで森を進んでいた私は、ここに来たことを早速後悔し始めていた。
しばらく歩いていると、あの遺跡へとたどり着いた。外壁がところどころ剝がれているが、素人の私が見ても、美しいと感じる外観をしている。遺跡の一部はドーム状になっていた。
その時。カタン、と遺跡の中から音が聞こえたような気がした。
「……」
私は意を決して、遺跡の中へ一歩踏み込んだのだった。
コツ、コツ、コツ。
自分の足音が遺跡の中で反響する。
私はキョロキョロとあたりを見渡した。人の気配は感じない。私の気のせいだったのだろか。
引き返そうかと迷いだした時、ふと、ランプの光に照らされた壁に描かれた絵に目がとまった。
狼と思われる動物が、月の前で座っている。その狼のまわりには何やら光のようなものが描かれていて、その狼を前にして、複数の人々が手を合わせたり、ひれ伏したりしている。
その隣にも同じ狼が描かれていて、その狼は、美しい女性のそばに、まるでその女性を守るようにして座っていた。
じっとその絵を見つめていた私の耳に、再びカタン、と何かが動く音が聞こえた。
遺跡の奥の方からだ。
私は再び歩きだした。しばらくすると、視界が広がった。ひときわ大きな部屋だった。その部屋の中央には螺旋階段があり、その天井は吹き抜けのドーム状になっていて、そこから、丸い月が見えた。
コツ、コツ、コツ。
螺旋階段を登る。時折崩れそうな場所があり、ひやひやしながらも、私は階段を登りきった。
「……綺麗」
吹き抜けから見える、大きな丸い月を見て思わず私は呟いた。
その時だった。
何かが暗闇で動いた気がした。
「え」
暗闇から姿を現したのは、あの銀髪の男だった。月明りに照らされた銀髪が反射して幻想的な美しさがあった。
「来ると思っていた」
彼はそう呟いた。
「一体、どういう……」
そう言いかけた私だったが、その光景に思わず「あっ」と声を上げた。
目の前の男が、急にその場に崩れ落ちた。と、思ったのもつかぬ間、彼の身体がボコボコと変形し始め、全身に銀色の長い毛が生えだした。
私は目を疑った。
目の前の男が、一瞬で銀色の毛に覆われた狼に姿を変えてしまった。
「……っ」
私は驚きで声が出なかった。
その狼はその紫色の瞳をこちらを向けると、言った。
「覚えていないのか、姫」
「姫ですって……?」
一体なんのこと?そう聞き返そうとした瞬間、突然、激しい頭痛に襲われた。
「っう!」
脳内に映像が流れる。人々は白い布を身体にまいただけの簡易的な服を身に着けている。その人々が私に向かって何かを必死に訴えている。ふと、自分の足に何か柔らかいものが触れた。視線を向けると、そこに、銀色の毛の狼がいた。その狼は紫色の瞳をこちらに向けた。そしてその狼は言った。
「姫、惑わされては駄目だ」と。

はっと目を開けると、いつの間にか私は倒れていた。
「い、今の映像は一体……」
そう呟くと、ふと、自分の身体が柔らかいものに支えられているのに気づいた。
視線を向けると、先ほどの映像で見たのと同じ、紫色の瞳がこちらをのぞいていたのだった。
「思い出したか、姫」
「……リト」
私は自然とその名前を口にしていた。その懐かしい響きに、何故か涙が出そうになる。
「約束を守りにきた……遅れてすまなかった」
その狼、リトはそう言って、じっと私を見上げた。
ぼんやりとだが、思い出した。そうだ、これは、前世の記憶だ。裏切り者によって引き裂かれた私たちは、別れる直前約束したのだ。満月の夜、再び、ここで会うことを。
「ありがとう……来てくれて」
私はリトを抱きしめた。柔らかい毛並みと懐かしい香り。私たちはしばらく二人寄り添ったまま、月明りの下で再会を喜んだのだった。

チュンチョン。
鳥のさえずる声に、目を覚ました。ドーム状の吹き抜けから見える空は白んでいる。もうすぐ朝が明けるのだ。そこでやっと昨晩のことを思い出し、はっと身体を起こした。そばに何かが立っていた。
そこにいたのは狼ではなく、男だった。
「目覚めたか」
「リト……」
私はその男の紫色の瞳をみつめて言った。
「もう行ってしまうの?」
彼は静かに答えた。
「ああ、皆が待っている……戻らなければいけない」
「そう……」
そんな気はしていた。彼を別れる寂しさに、胸がつぶれそうになった。
俯く私の頬に、彼の指が触れた。
顔を上げると、彼はしゃがんで私の顔を覗き込むようにして言った。
「いつかまた満月の夜に会おう」
彼はそう言うと、私の唇に優しいキスを落とした。
「うん、待ってる」
私は彼との別れを惜しむように、彼の身体をギュッと抱きしめたのだった。

あの日から5年という月日が流れた。
私は満月の夜になると、必ず、あの遺跡へ向かった。だけど、彼が姿を現すことはなかった。彼の身に何かがあったのだろうか。もう二度と会えないのだろうか。
時折不安になりながらも、彼は必ずまた会いに来るとはずだと自分に言い聞かせた。
「……」
キッチンの窓から月を眺めていた私は、ふと予感がした。
今夜は彼が来る、と。

私は早々に店をたたみ、その足でそのまま遺跡を目指した。長い螺旋階段を息を切らしながら登る。天井からは月明りが差し込んでいた。
最後の一段を登り切った私は彼の名を読んだ。
「リト!」
月明りに照らされた彼の後ろ姿が見えた。
彼は、ゆっくりとこちらを振り返る。紫色の瞳が優しく笑うの見て、私もつられて笑みをもらしたのだった。

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