【お題:ねーたもつ、身体の一部を失った双子の片割れと物理で何でも直す家電修理屋が一緒に暮らすまでの話書いてー。】
【時間:ー】
◆◆◆
僕たちは2人で1人だった。ずっと一緒だと思っていた。
唯一の収入源であった缶詰工場から、ついに解雇されてしまった。
缶詰工場とは6年以上の付き合いで、ずっと牛肉の缶詰のラインを担当していた。そのラインのリーダーである、ジョセフさんにはずっと良くして貰っていて、父親がいない僕にとっては、父のような存在でもあった。給料は少ないながらも、働きやすい場所だった。
しかし、さすがのジョセフさんも、片腕を失った僕を雇い続けるのは限界だったらしい。
「ごめんな、なんとか工場長を説得しようと思ったけどやっぱり駄目だった」
申し訳なさそうに眉を下げてジョセフさんは言った。
事故で片腕をなくしてから、あきらかに作業が遅くなり、まわりに迷惑がかかっているのは、当事者である自分が一番自覚していた。だから、ジョセフさんを恨んだりとか、そういう感情は一切湧かなかった。
「いえ、いいんです。今までお世話になりました」
深く礼をして、僕は工場を去った。
「これからどうやって生きていこう」
僕は独り言を呟きながら空を見上げた。相変わらず、この街の空は灰色だ。
貧困層が肩を寄せ合うように暮らすこのスラム街は、いつも騒がしい。そこら中から怒鳴り声や車のクラクションなどが聞こえてくる。とくにこの辺は工場が密集しているせいか、煙突からもくもくと出てくる煙で、空気が悪い。雑踏を極めたこの街で、僕が独り言呟いたところで、誰も気にすることがない。僕のすぐ横を猛スピードの自転車が通り過ぎていった。
「……というか、僕、生きている意味あるのかな」
これほどたくさんの人がいるのに、僕はひとりぼっちだった。この街にもう僕のことを気にかけてくれる人間は存在しない。
僕は、愛しい人を失った。貧しいながらも必死に僕を育ててくれた母、そして、僕の半身とも言える、双子の妹。愛しい人を2人とも、一緒に失ってしまったのだ。
ピアノの音が聞こえて、僕は足を止めた。
チチチッとドブネズミが鳴きながら湿っぽい路地に消えて行った。この路地の先に、僕が立っている道に平行するように伸びる道がある。通称ミュージックロードと呼ばれる、路上ミュージシャンが集まる道だ。そこには、スクラップから誰かが拾ってきたピアノが置いてある。
つい数週間前までは僕らもそこでピアノの連弾演奏していた。僕らというのは、僕と、双子の妹のシュシュのことだ。僕らは工場で働いたあと、ミュージックロードでピアノ演奏して稼いでいた。
僕らにとって、連弾は稼ぐ道具ではなく、生きるために必要な、欠いてはならないものだった。
路上ライブで貸せげる額なんてたいした額じゃない。一食分の食費が稼げるくらいの額だ。路上ライブを2時間やるくらいなら、工場のシフトを2時間増やした方が圧倒的に生活のたしになる。ピアノを演奏している時だけ、生活の苦しさや、明日への不安を一切忘れることができたのだ。そして言葉数の少ないシュシュとの魂の会話の手段でもあった。僕ら家族の絆はピアノで繋がっていたのだ。
しかし……。
僕は急に右腕に痛みを感じ、顔をしかめた。触れようとしたが、僕の右腕は肘から先がなかった。四肢を失った人間にはよくあることらしい。無いはずの腕が痛む、ということが。
僕は、工場での不慮の事故で右腕を失った。いや、失ったのは右腕だけじゃない。右腕と同時に、僕は大事なものすべて失った。
その日、僕らは製紙工場へ働きにでていた。ほとんどは缶詰工場で働いているが、缶詰工場が休みの日は、製紙工場で働くのが常だった。
それは些細なミスだった。
その日僕らは自動裁断機担当で、紙と切る仕事を任されていた。紙を補給する力仕事は僕が、機械のボタン操作を妹がやっていた。
作業初めて2時間が経過するころ、機械に紙が詰まってしまい、動かなくなってしまった。
「……おかしいな」
僕は停止してしてしまった機械の中をのぞきこんだ。よくみると、部品を止めるネジが緩んでしまっていた。僕は急いでスパナを借りてきて、妹に言った。
「修理するから電源を落としてくれ」
「わかった」
妹がボタンを押したのを向かい側から見ていた僕は、修理を開始した。刃の下から腕を通し、ネジを締めた瞬間、機械が動きはじめた。
「わっ」
そう、妹は電源ボタンではなく、起動ボタンを押していたのだ。妹は悪くない。工場の管理がずさんだったのだ。たまたま、その操作盤の電源ボタンと起動ボタンが同じ赤色をしていて、ボタン下に書かれた文字が古くて消えてしまっていたのが原因だった。
大きな刃は目にもとまらぬ早さで落ち、僕の右腕をザクリと切断した。白い紙に僕の真っ赤な血が飛び散った。妹が真っ青になって叫ぶのをみたあと、僕は意識を失った。
妹のすすり泣きがそばで聞こえた気がして、僕は目を開いた。
気づいた時には、古い病院のベッドの上に寝ていた。ふとベッドサイドを見ると、綺麗な顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら泣く妹と母が座っていた。
僕と目があった妹は、一瞬、安心したような表情を浮かべたが、すぐにポロポロと涙を流して泣き出した。
「ごめんなさい、リュリュ、ごめんなさい、私が、私のせいで、ごめんなさい」
「どうしてそんなに謝るんだ?」
僕は頭がボンヤリしていてこの状況がのみこめなかった。
「だって、腕が……」
妹は視線を落とすと、わっと声をあげてさらに激しく泣いた。
「腕?」
ふと僕は右腕に視線を向ける。
「……っ」
肘から下が無くなっていた。肘には包帯がぐるぐると巻かれていたが、真っ赤に染まっていた。
ここでやっと僕は工場での出来事を思い出した。その途端、先ほどまで痛みを感じなかった腕が急に痛み出した。
「っう、ぐぅ」
あまりの痛みに額にじっとりとした脂汗をかく。
「リュリュ、リュリュ、大丈夫?しっかりして」
「先生!先生!麻酔が、麻酔が切れたようです!」
母親が慌てて部屋の外へ出て行った。
その日から、貧乏ながらも平和に暮らしてきた僕の生活は少しずつ崩壊していった。真面目で優しい妹は、切断の原因は自分にあると、責任を感じてしまったせいか、鬱病になってしまった。
「私のせいでリュリュの腕がなくなってしまった」
「もう一生リュリュと演奏できなくなっちゃった」
「私なんか死ねばいいんだ」
それらが妹の口癖になった。それから妹は自傷行為を繰り返すことになり、母か僕のどちらかが様子を見ていないと、いつ自傷行為に走るかわからない、危険な状態になってしまった。
そのため、僕と母は、工場の仕事と妹の見張りとを交互に行わざる得なくなった。今まで、3人分の給料でなんとか生活が成り立っていたのに、今は、ひとり分の給料、つまり今までの三分の一になってしまい、食事もまともに買えなくなってしまった。空腹はさらに人の心を蝕む。妹は、精神だけでなく、身体も徐々に弱り始めていた。
あの日の悪夢は忘れたくても忘れられない。
夜遅く缶詰工場から帰ってきた僕は、家のそばまでやってきて異変に気づいた。まだ寝る時間でもないのに、家の明かりがついていない。
妙な予感がして、僕はドアまで走っていき、いきおいよく開いた。
その瞬間、嫌なにおいが鼻孔とついた。生臭いような、なんとも表現しがたい匂いだ。
僕は恐る恐る電気のボタンを押した。
視界が明るくなる。
部屋は一面真っ赤に染まっていた。
テーブルのそばに母が倒れていた。腹部から血を流して仰向けに倒れていた。妹は壁に背を預ける形で座っていた。右手にはナイフが握られている。動脈を切ったらしい。首に大きな一文字の傷が出来ていた。
僕はその光景を見て理解した。妹が、無理心中したのだと。
「っ……」
僕は吐いた。
殆ど何も食べてなかったからほとんどが胃液だった。黄色い液体がボタボタを床に飛び散る。
「うぅ、うううう」
強く唇噛んで、涙をこらえる。しかし無理だった。強く噛みすぎた唇が裂けて血の味がした。
その途端、隻を切ったように涙が止まらなくなった。
「うわぁあ、うううう、わぁああああ」
こうして、僕は一晩にして大事なすべてのものを失ったのだった。
「2人がいないなら、もう生きている意味もないじゃないか」
路地で鳴いていたネズミはいつの間にかいなくなっていた。
2人がいないこの地獄で、死んだように生きるなら、ここで僕も死んで2人に会いにいった方が幸せにになれるのではないだろうか。
「仕事もない……いずれ餓死することになる、それなら自分の手で終わりにした方がいい」
しかし、人様に迷惑をかけるような死に方は嫌だ。誰にも知られずひっそりと死にたい。
「……よし」
しばらく考えた僕は、スクラップの山を目指して歩き出した。
人の身長を優に超え、僕の三倍はあろうかという高さのスクラップの山が、いくつも広がっていた。ここに捨てられるのは、スラム街のゴミではなく、都市から運ばれ違法に捨てられたものが殆どだ。
僕はガラクタに足を取られながら、スクラップの谷を進んだ。しばらく歩くと、異臭が漂ってきた。スクラップの山の先に、黒色に変色した湖があった。かつてこの湖は、世界でもっとも美しい湖と言われていた、本当に美しい湖だったらしい。しかし今はヘドロの沼になっている。
ここに身体を沈めれば、きっとひっそりと死ねるはず。着実に死ぬために、重りをつけて飛び込もう。
そう思った僕は振り返って、スクラップの山をあさりだした。しばらく、スクラップをひっくり返していると、手頃な重さのラジオを見つけた。古い機種らしく、ずっしりと重い。僕は拾ったケーブルの一方にラジオ、もう一方を僕の左足首に縛り付けた。
「……」
僕はヘドロ沼を見つめながら、母と妹の顔を思い出して泣いた。
しばらく泣いた。しばらく泣いたあと、決心をした。僕はラジオをズルズルと引き釣りながら沼へと戻った。
際に立ち、湖をのぞきこんだ。透明度がゼロの真っ黒な湖だった。
「……今までありがとう」
僕はぼそりと呟いて、片足を上げた。
その時。
「おい、待て」
振り返ると、猫背気味のゴーグルをつけた男が立っていた。ゴーグルのせいで目元はよく見えないが、声の感じからして中年くらいだろう。黄ばんだTシャツを肩までまくり上げていた。そこから伸びる腕は、細いながらもしっかりと筋肉がついていた。
男は日焼けした首をガリガリと掻いたあと、僕に言った。
「それは俺が目をつけてたラジオだ、死ぬために重りにするなら別のゴミにしてくれや」
「……え?」
僕はよく聞き取れず、聞き返した。
「そのラジオ、俺のだ、悪いが返してくれ」
少しも悪いと思っていない様子で男は言った。僕が呆然と男の顔を眺めいていると、音はそばまでやって来て、ラジオに結んでいたコードを解いた。
「ちょ、ちょっと、なにするんですか」
男は面倒くさそうにガリガリと頭をかいた。
「だから、このラジオは」
そこまで言った男は僕の右腕に視線を向けた。
「……」
僕の右腕がなかったことに、たった今気づいたらしい。
「お前、その腕どうした」
「裁断機に挟まれて失った」
男は腕に視線を向けたまま、言った。
「たかが片腕無くなったくらいで死ぬんじゃねぇよ、お前、その程度の弱々メンタルでよくこのスラムで生き抜いてこれたな」
「たかが片腕、だって?」
その男の言葉に僕は頭にカッと血が上った。
「お前にとっては、たかが片腕かもしれない、だけど、僕にとっては違う!片腕を無くしたせいですべてを失った。あの時、僕も注意していれば、大事な妹つなぎ止めることができたんだ。ピアノを弾く喜びも、温かい家族も、全部全部失わずに済んだんだ!」
僕は何故か男に向かって、これまでのことを泣きわめきながら話していた。
しかめっ面をして聞いていた男は、僕が話し終えると、ポリポリと頬をかきながら言った。
「そうか、それは悪かった、謝る」
しばらくじっと僕の腕をみつめていたその男は、ふと顔を上げた。僕をまっすぐに見て言った。
「あんた、まだ死ぬのは早いぜ……今から取り戻すことだってできるさ」
「一体どういう……?」
僕が聞き返すと、男は足下に置いていた麻の大きな袋に、ラジオを入れた。その麻の袋は、ガラクタでパンパンに膨れていた。男はそれを肩に担いだ。
「ついて来いよ、どうせ死ぬなら俺の最高傑作見てからでも遅くないだろ?」
そう言って男は僕に背を向けて歩き出した。
「……」
僕はその場に立ちすくんだまま、男の背中をみていた。男の考えがまったく読めない。ついて行っていいのだろうか。しばらく迷っていると、男がピタリと足を止めて、こちらを振り返った。
「早くしろよ」
イライラした様子で男は僕をみつめた。
僕はすっかり死ぬ気力が失せてしまっていることに気づいた。思わずふっと笑いがこみ上げた。
「……わかったよ」
僕はガラクタの山を踏みしめて、男の元に向かったのだった。
男についてやって来たのは、スラム街の中心地から少し離れた場所にある二階建ての家電修理屋だった。
ドアの前で男は麻布を担ぎ直し、片手でポケットの中から鍵を取りだした。
カランカランとドアベルが鳴る。室内は薄暗く、用途不明の機械で溢れかえっていた。モーゼの海割りのように、店の中央に一本の道ができている。男はそこを通って部屋の奥へ進んだ。部屋の奥にはドアがあった。ドア横のスイッチを押すと照明がついた。男はドアを開けながらこちらを振り返って「こっちだ、ついてこい」と言った。そこには二階へと続く階段があった。男が踏み出す度に、麻布の中のガラクタがギシッギシッと音をたてる。
二階の部屋は、一階に比べたらマシだった。相変わらず用途のわからない機械が壁沿いに所狭しと並んでいる。部屋の中央には、歯科医院でつかうような、ヘッドレストがついた立派な椅子が鎮座していた。
男はドア付近にドスンと麻布を下ろすと、そこからラジオを取り出し、部屋の奥の作業机に向かった。男の背後から覗き込む。
そこには、人間の足のような形をした機械があった。男はラジオを解体し、そこから小さな部品を取り出して、それを足の機械に取り付けた。
「これは一体なに?」
僕の質問には答えず、男は、「よし、完成だ」と呟いた。
その時、一階でカランカランとベルが鳴るのが聞こえた。続いて「ポージャーさん、こんにちは、ルシウスです」という男性の声が聞こえた。
「客が来たから、ここへ案内しろ、俺は準備しておく」
男は一方的にそういうと、キャスター付きのテーブルに、足の機械を置いてガラガラと押しながら、中央の椅子のそばにおいた。男は顔を上げると、
「何やってんだ、早く客つれてこい」
と僕を睨んだ。
「どうして僕がこんな雑用のようなことをしなければならないんだろうか」
ブツブツと独り言を呟きながら階段を降りると、そこには、スラム街に似つかわしくない、正装をした太った老人と、執事のような青年が立っていた。老人は杖をついていて、執事は黒革の鞄を持っていた。
執事が静かに言った。
「こんにちは、シリウスです。予約の品を取りに参りました」
予約の品というのが何をさすのかわからなかったが、ひとまず男の言うとおり、2階へ案内することにした。
「こちらです」
2人は丁寧に礼をすると、階段を登っていく。老人は不自然な歩き方をしていた。左足を引きずるように階段を登っている。2人に続いて2階にやって来ると、ゴーグルをつけた男は椅子を丁寧に拭いているところだった。
「こんにちは、ポージャーさん」
執事が丁寧にお辞儀をした。
「お待ちしていましたよ、シリウスさん」
男はそう言うと、ゴーグルを外した。透けるようなグレーの瞳をしていた。
「ささ、こちらへ」
先ほど、僕をぞんざいに扱っていたのが嘘のように、朗らかな笑みを浮かべて、ポージャーと呼ばれた男は、老人を椅子に案内した。
「部品がなかなか見つからず、苦労しましたが、やっと完成しました……さっそく取り付けましょう」
「ええ、お願いします、ミッシェル」
老人は執事に目配せすると、ミッシェルと呼ばれた執事が老人のもとにかけより、老人の左足のズボンをめくりあげた。
「えっ」
老人の足は、木でできた義足だった。ミッシェルは、義足を掴むとくるりと捻って、とりはずした。老人の足は膝の下がなかった。
ポージャーはキャスター付きのテーブルの上に置いてあった機械仕掛けの義足を、老人の足にとりつけた。
「すこしまっていてください」
男は立ち上がると、作業机からタイプライターのような箱形の機械を持ってきて、キャスター付きのテーブルの上におくと、箱形機械にケーブルを繋ぎ、もう一方を老人に取り付けた義足のプラグに挿した。カタカタとキーボードをうち、最期にタンと勢いよくキーボードを叩くと、義足からキュイーンと機械の起動音のようなものが聞こえた。
「よし、それじゃあ、起動テストしましょうか」
男はそういって老人に顔を向けた。
「シリウスさん、左の足首を動かしてみてください」
「はい」
老人は頷くと、じっと機械仕掛けの義足を見つめた。すると、クイッと義足の足首が動いた。
「おおぉ!」
老人と執事は声をあげた。
「それでは、膝を曲げてください」
続いて、膝が曲がる。
「では最後に、親指から順に動かしてみてください」
足の指がスムーズな動きで、まるで本物の足のように曲げられていく。
「す、すごい」
感動した僕は、思わず声をあげてしまった。ふと男が僕に視線を向けて、ふっと笑った。
「うん、問題ないようですね、では、一度立ち上がってみましょうか」
男はケーブルを義足から外して、老人に言った。
「ええ」
老人は頷いて、足を床につけた。
「おお!たてました!素晴らしい!ポージャーさん、貴方にお願いして本当によかった、ありがとうございます」
老人はポージャーの手を取って、興奮したようすでぶんぶんと振った。
「よかったです、あ、ちなみに、この義足は給電式です、必ず2日置きに充電するようにしてください、充電用のケーブルを渡しておきます」
男は、執事にケーブルを手渡した。執事は黒革の鞄にケーブルをしまうと、そこから、袋を取り出した。袋の口が少し開いていたので、中身が見えた。そこにはみたことも無い額の札束と金貨が入っていた。
「こちらが義足の代金です」
執事はその袋ををポージャーに渡した。
「ええ、たしかに受け取りました、また何か困ったことがありましたらいつでもいらしてください」
男は笑みを浮かべた。
「ありがとう、本当に感謝してます、ありがとうございます」
老人は何度もポージャーにお礼を言ったあと、店をあとにしたのだった。
2人を見送ってから二階に戻ってくると、男は窓を開けて葉巻きを吸っていた。
「……」
2人だけになった部屋は静かだ。
「あんた、すごいな」
「そりゃどうも」
先ほどの愛想を振りまいていたのが嘘のように、素っ気ない態度だ。
「機械仕掛けの義足なんて……どうやってあんな技術身につけたんだ」
「それは」
男はそこまで言ってふぅーと煙を吐いて、男はニヤリと笑った。
「親しくない人間には教えられないな」
この男の態度は正直に気に食わないが、男の技術には本当に感動した。
「どうして、どうして僕を連れてきたんだ」
「さて、どうしてだろうな」
そう言うと、葉巻きを灰皿に押しつけて火を消した。男は窓の外に視線を向けた。遠くを見るような目をしていた。しばらくして、男は言った。
「アイツに、似てたからかな」
「アイツ?」
思わず首をかしげると、
「いや、なんでもない」
と言って、僕に視線を向け、腕組みをした。
じっと僕を見つめたまま、男は黙っている。
「な、なんだよ」
その視線にいたたまれなくなった。
しばらくして、男は口を開いた。
「お前、名前は?」
「リュリュだ」
「そうか、リュリュ、お前、もう一度ピアノを弾きたくないか?」
「え?」
「作ってやるよ、お前の右腕を」
思いがけない男の提案に僕は驚いた。
「ほ、本当か?」
「ああ、ただし」
男はニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「完成するまで、俺の奴隷……いや、助手として働け」
……今、一瞬、奴隷と言ったか?
しかし、この際、その失言は聞かなかったことにした。
「僕が助手として働けば、本当に僕の腕を作ってくれるのか?」
「もちろんだ、男に二言はない」
男の顔をじっと見上げた。たしかに、うさんくさい男だ。だが、もし、腕が戻るなら、何か、何か分かるかもしれない。
僕はそう思った。
「わかった、やるよ、助手」
僕の答えに、男は満足そうに笑った。
「よし、決まりだ」
そう言うと、僕のそばに来て、男は手を差し出した。
「俺は、ポージャー、この世界で一番の発明家だ、、コキつかってやるから覚悟しろよ?」
ニヤリと笑う男に、僕も笑みを返した。
「ああ、よろしく」
こうして、ポージャーと僕の奇妙な共同生活が始まったのだった。

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