変わる

【お題:『骨』『ライブ』『新月』】
【時間:ー】

◆◆◆

ミュージックシーンは時代に合わせて変化する。
音楽にも流行がある。その時代で流行っていたジャンルが数年経てばば、「なんかダサい、古い」なんて言われて聞かれなくなるなんてこともザラにある。しかし、中には、流行に影響されることなく、時代を超えて、人々に愛さされる曲も生まれる。
俺は、そんな曲を生み出したい。
俺ら死んでも人々に聞かれ続けるような、そんな名曲を生み出したい。
俺たちにしか作れない、俺たちの曲を。
……その思いは嘘ではない。しかし、理想と現実は大きく異なるものだ。

スタジオで半日新曲の音合わせを終えて、そのままメンバーとファミレスに向かった。店内に入って窓際のテーブル席を見ると、窓を背にして座っている女性が目につく。マネージャーの望ちゃんだ。アラレちゃんのような大きな黒縁眼鏡をかけ、髪はボブ、インカーカラーでピンク色に染めている。ぱっと見、学生に見えるくらい童顔だが、とっくにアラサーを超えている。
俺らが売れない時から、それはもう客が片手で数えられる時からファンでいてくれた子だ。当時大学生だった望ちゃんは、努力の末、インディーズレーベル会社に就職して、社員の立場から俺らをスカウトしてくれた。彼女のおかげで俺たちはレーベル所属のバンドという箔がつき、さらに望ちゃんのマネージメントで集客も増えていった。だから彼女には頭が上がらない。
何やらパソコンと睨めっこをしていた。彼女がこういう顔をしている時は、何か大事な話があることが多い。顔をあげた望ちゃんは、俺たちを見つけて「おーい、こっち」と手を振った。
「おつかれーっす」
俺と、ベースの沖田は、望ちゃんの前の椅子を引いて座っり、楽器をテーブルに立てかけるようにして置いた。
すでに望ちゃんの前には食べかけのミラノ風ドリアとドリンクバーがあった。
「ごめん、お腹すいたから先に食べてた、何にする?……あれ?」
パソコンを閉じてトートバッグにしまいながら、俺たちの顔を交互に見た望ちゃんは、「ヤマトはどうしたの?」と聞いた。
「タバコ買いに行ってる、直ぐ来ると思うよ」
ヤマトはうちのドラムだ。一日一箱以上消費するヘビースモーカーだ。
「そ、朔ちゃんとオッキーは何食べる?」
メニューを取り出し、俺たちの前に置いてくれた。
「僕、イカスミパスタ」
メニューを見ずに、ベースの沖田は即決した。
「お前、好きだよなぁ、イカスミ」
「だって、なかなか他の店においてなくない?それにデートとかだと食べれないし」
沖田がそう言うと、望ちゃんが口を開いた。
「そういえばオッキー、彼女さんとはうまくやってる?」
沖田とその彼女は、高校出会ってからずっと付き合っている。息の長いカップルだ。
「うん、実はこの前親に会ってきた、そろそろ結婚するわ」
しれっと沖田は衝撃発言をする。
「は?俺、それ初耳なんだけど」
「うん、朔には初めて言ったからね、ヤマトには話してある」
そう言って沖田は水を飲んだ。
「マジかよ、お前すげぇな」
「まあね」
表情を変えずに沖田は言った。
「おまたせー」
背後で声が聞こえた。振り返ると、長身で短髪をアッシュグレーに染めた男が立っていた。ヤマトだ。
ヤマトは望ちゃんの隣にドカッと腰を下ろし、
「もう注文した?」
と聞いた。
「まだだよ」
「そ、俺は何喰おうかな、実を言うと減量中でさー」
ヤマトはドラムという全身を使う楽器を担当することもあってか、筋トレが趣味だ。俺と朔が『ヒョロヒョロしていて横からみるとスマホみたい』と言われるが、ヤマトはアスリート並みの筋肉でバキバキに腹筋が割れている。
「あーでもタンパク質とっておくか、チキンステーキ、ご飯無し!」
「決まってないの、朔ちゃんだけだよ?」
望ちゃんにせかされて、俺は「じゃあ、俺もドリア」と言った。

食事を終えて、食べ終えた食器を片付けてもらい、ドリンクバーのみをテーブルに残した状態になった。
「さて、本題に入りましょうか」
そう言うと、パソコンを取り出し、俺たちに見えるようにして置いた。画面には、ここ最近のライブの集客数やSNSの統計が載った資料がだされる。
「正直なこというと、ちょっぴりやばいなぁ……」
マネージャーの望ちゃんが、資料を見ながら呟いた。
「やっぱりかぁ」
俺は椅子にもたれかかり、頭の後ろで指を組んで天井を見上げた。
「だよね、最近、地味に客減ってるし」
沖田がウーロン茶をストローで啜りながら真顔で言った。ヤマトは腕組みして画面を睨みつけている。
望ちゃんは眼鏡をくいっと上げながら言った。
「歌謡メロの曲じゃないと聞かれにくくなってきてるね、ヒットチャート見ても上位は歌謡メロの曲だし、純粋はロックだと難しい時代に来てる、最近はサブスクの再生回数もSNSでの呟きも減ってきてるし……」
望ちゃんはすっと背筋を正して言った。
「ここが正念場だと思うの……一度、音楽の方向性を考え直すべきだと思う」
一瞬の沈黙。
それを破ったのはヤマトだった。
「ま、そうなるわなー」
「俺も薄々そう思ってた」と沖田。
そう。俺もライブをしながら薄々感じてはいた。何かを変えなければいけないことを。だけど。
「ここで大きな方向転回すれば、俺たちを昔から応援してくてるファンの期待を裏切ることにもなりかねない、俺らのファンの半分はそういう人たちだから、そこが離れていくと、バンドの存続問題にもかかわってくるんじゃないか?」
俺がそういうと、望ちゃんはゆっくりと頷いた。
「そう、その通り、やっぱこのバンドは、正統派ロックで、生音の演奏にこだわってる、圧倒的な技術力の高さが魅力だったりするんだよね、私もそこが好きだからずっとファンだし」
望ちゃんはテーブルの上で指を組んだ。
「このバンドが本当に好き、だからこそ、売れて欲しい」
「すごく難しいことだけど、ファンのみんなが好きなこのバンドの良さと残しながら、流行をうまく取り入れて、より音楽の幅と可能性を広げれば、古参も新しいファンもついてくれると思う。私も音楽分析頑張って、どうやって新しい曲を作っていけばいいか、みんなの曲作りの参考になるような分析データ持ってくるから、だから、考えて欲しい」
望ちゃんは真剣な顔で言った。
望ちゃんの熱量に圧倒される。
「……」
沈黙が流れる。
「正直なことを言うと、流行に媚びて曲作るのって、抵抗あるよな」
またしても沈黙を破ったのはヤマトだった。
「まぁ、そうだな」
完全にヤマトの発言には同意できる。俺たちが本来求めていた音楽とかけ離れるものを作るのは、何だか負けた気がする。何に負けたのかは、うまく言語化できないが。
「……俺は、音楽に骨を埋める覚悟でいる」
ベースの沖田が真面目な顔で言った。
「俺たちはインディーズだけど、プロだ、音楽の。大学のサークルでやってた頃はそれでよかったかもしれないけど、やっぱ、音楽で生きていくためには、多少変わらないといけないよね」
「俺も、いまさら他の職なんてつけねーよ」
「朔はどうなんだよ?」
3人分の視線を浴びる。
俺はグラスをテーブルに置いた。
「もちろんだよ、俺も、お前らと、望ちゃんと、これからも音楽やっていきたい」
……そのためには変化が必要だ。過去の栄光に縛られいては駄目だ。
変わる勇気を。一歩踏み出す力を。
一呼吸おいて言った。
「変わろう、一緒にすげぇ曲作ろう」
うん、と3人は頷いた。
「じゃあ、新たな出発を祝して乾杯でもしとく?」
沖田が珍しくノリのいい発言をした。
「よし、乾杯しよ!」
望ちゃんは元気よく頷いてパソコンを閉じ、テーブルの端に寄せた。
「ソフトドリンクだけどな」
ヤマトはククッと笑ってグラスを持った。
「それじゃ、かんぱーい!」
俺は、子供みたいな笑顔を浮かべた3人の顔を順に見る。
このメンバーならどこまでもやっていける気がした。

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