【お題:「暗い海の底で」「抱き合いながら」「キスをした」】
【時間:ー】
◆◆◆
「そこまでだ」
背後から低い男の声が聞こえた。
振り返ると見覚えのある顔だった。白銀の髪。切れ長の目。
真夜中の船上デッキ。
客船の乗客のほとんどは寝息をたてている時間だ。
ここで聞こえるのは波の音と、男2人分の声だけだった。
「ああ、ショーンか、どうしたんだい、そんなおっかない顔をして」
俺はできる限り平静を装って笑ってみせた。目の前の男は表情ひとつ変えず、俺の額に銃口を向けた。
「下手な芝居はよせ、お前がスパイだということは、もう知っている」
「スパイ?何を馬鹿なことを。危ないから早くその銃をしまってくれ」
軽口を叩いて見たが無駄のようだ。男は銃口を逸らすどころか、ゴリッと額に押しつけた。
「今、お前が海に捨てたものはなんだ?」
「ああ、見てたのか、タバコだよ。灰皿が手近になくてね。誰もいないからいいかと思ってこっそり捨てたつもりだったんだけど、やれやれ、君に見られていたとは」
「タバコだと?お前、喫煙者だったか?初耳だな」
ショーンは薄く笑ったが、すぐに鋭い目つきに戻り言った。
「……燃やして捨てたのは、証拠写真だろ?先ほど、ボスの部屋の金庫から盗んだのも知っている」
バレていたか。
俺は両手を挙げた。
「さすがだよ、ショーン。お手上げだ」
「認めるのか、自分がスパイだということを」
「……」
「どうなんだ、ロジャー」
ショーンと目が合う。
「認める、僕はマクレアルのスパイだ……だがこれだけは信じて欲しい、君への想いは本当だった」
その瞬間、ショーンが動揺したのを俺は見逃さなかった。
思い切りショーンの手首を捻り上げた。パァンと銃弾が夜空に打ち上がる。緩んだ隙に銃を奪い取った。が、すぐに腕を掴まれ、もみ合いになり、銃は俺の手から滑り落ち、手すりにバウンドしたあと、夜の海に落ちていった。
思い切りショーンのつま先を踏みつける。足に注意が向いた隙に、顎を狙って拳を突き出した。拳はギリギリのところで避けられてしまった。ショーンは俺の腕を掴むと勢いよく引いた。この体格差では俺はショーンには敵わない。俺の身体はそのままショーンに担ぎ上げられ、そして背中から甲板に叩きつけられた。
「くっ」
一瞬息が止まる。が、俺はすぐさま、ショーンの足を狙って横に蹴った。ショーンの身体がグラリと傾く。俺は立ち上がると、そのままショーンに背を向けて走り出した。
手すりを飛び越える瞬間、グンと襟首を掴まれた。身体が船に引き戻される。俺は視線は海に向けたまま、その手首を掴んで捻った。背後でうなり声がした。
「さよなら、ショーン」
俺は振り返らず、そのまま船の端を蹴った。ふわりと身体が浮く。
背後で声がした。
「逃がすかよ」
ふと振り返ると、ショーンが船を飛び降りたところだった。空中でショーンに腕を掴まれる。抵抗したが、彼は俺の腕に指が食い込むくらい強い力で握っていて、振りほどけなかった。
刹那、目があった。
その瞬間あの夜の記憶がフラッシュバックする。
俺の肌に触れる指の感触。俺を見下ろして優しく微笑む瞳。繋がった瞬間の高揚感。
そう。俺はスパイだ。君を利用し欺き、情報を盗み出した。それは事実だ。
『……だがこれだけは信じて欲しい、君への想いは本当だった」』
嘘じゃない。
確かに俺は君を愛していた。
ザパン。
2人の身体は夜の冷たい海に叩きつけられる。
もみ合いになり、2人の身体はブクブクと沈んでいく。思い切りショーンの腹を蹴り上げたが、水中なので威力は地上の半分以下だ。ショーンはグイッと俺のシャツを掴んみ、ゆっくりと俺の身体を引き寄せた。
「……っん」
互いの唇が触れた。
その瞬間、俺はたがが外れた。そのままショーンの背に腕をまわして、深く口づけた。ショーンもそれに応えるように俺の後頭部に手をまわす。
暗い海に二人。
今、この瞬間だけは、俺たちは役割も何もかも捨てて、ありのままの一人の人間としていられる気がした。
……このまま海の底に沈むのも悪くないな。
俺は目を瞑り、さらに深く口づけた。

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